Posted by 松浦巽 - 2016.03.21,Mon
装丁/舩木渡 さん
BL短編小説。コメディ。
バツイチでゲイの香坂太洋は、高校生の息子・勇樹と2人暮らし。父親の事情に理解のある勇樹だが、太洋が新しい恋人の橘を紹介すると、なにやらいつもと反応が違う。
息子よ、まさかおまえもか……!?
親として、男として、千々に心乱れる太洋のコミカル(本人は真剣)ラブ。
▼お試し読み▼
「げひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょひょ!」
突然耳元で炸裂した奇声に、香坂太洋は飛び起きた勢いでベッドの下まで転がり落ちた。
「うわっ! な、何だっ!?」
サイドボードの上をあたふたと手探りし、見つけた眼鏡をかけて、ようやく声の発生源を確認することができた。
同じサイドボードの上に、見覚えのないモンスターのぬいぐるみが鎮座していた。よく見ると腹部がアナログ時計になっている。目覚まし時計のようだ。
試行錯誤のすえ、どうにかアラームを止めることに成功すると、太洋はそれをつかんだままキッチンに駆けこんだ。
「勇樹! これはなんの真似だっ!」
「あ、おはよう、父さん」
焼きあがったパンをトースターから取り出しながら、息子の勇樹が平然と振り返った。
橘和哉とは、そこで知りあった。太洋より一つ年上の社内SE。太洋と同時期に、担当業務の責任者になった男だ。
「――では、そういう方向でお願いいたします」
「承知いたしました」
「ところで香坂さん、このあとのご予定は? よろしければ、いっしょに昼でも」
「いいですね、ぜひ」
ほかの社員の手前、まじめくさった顔でやりとりしていた二人だが、会社から離れて安全圏に入ったとたん、ほとんど同時に吹き出した。
「危ない、もう少しでぼろが出るところだった!」
「商談の最中に、あんなことするからだよ!」
子供のように小突きあいながら、よく利用する寿司屋に入る。完全個室制で、値段もリーズナブルなのが売りの店だ。
メニューを決め、太洋がインターフォンで注文していると、背後に忍び寄った橘がちょっかいをかけてきた。耳元に息を吹きかけ、唇を押しあてて、耳朶に軽く歯を立てる。
「冗談抜きで、やめろ」
受話器をしっかりかけてから、太洋は絡みついてくる橘の腕を振りほどいた。
「防犯カメラがあったらどうするんだっ」
駅まで橘を迎えに行き、戻って自宅マンションの玄関ドアを開けた瞬間、太洋は時間がとまったような錯覚を起こした。
勇樹と橘の動きがとまったように見えたからだ。
「はじめまして、橘と申します」
「勇樹です、はじめまして」
一瞬ののち、二人は何事もなかったように挨拶を交わし、勇樹が先に立ってダイニングキッチンへと向かう。
――なんだ? いま何か……?
違和感に首をかしげながら太洋はドアに施錠し、あとを追ったが、着いてみると二人はなごやかに談笑していた。
太洋には、それが少しおもしろくない。
橘の前では、勇樹の態度が違ってみえた。来客に対するよそゆきのそれではない、太洋に対して見せるのとはまた別の、少なからず親しみのこもった態度。
橘は橘で、勇樹を見る目つきがやけにやわらかい。
何より、二人が話しているところに太洋が通りかかると、その場の空気がさっと変わる気がした。まるで、見られては困るものを隠したように。聞かれては困る言葉を呑みこんだように。
――ばかだな。考えすぎだ。
息子と恋人がうまくやっているのは、むしろ歓迎すべき状況だ。隠れてこそこそ会う必要はないし、どちらが大事なのかと選択を迫られることもない。三人で同居することになっても、きっと二人とも気にしないだろう。
だが――。
あるとき太洋は見てしまった。
「何もないって言ってるだろう!」
勇樹の名前を耳にしたとたん、思わず声を荒らげてしまい、太洋は自分でも驚いた。目の前では橘が、初めて見せるような呆然とした表情を浮かべている。
「ごめん。疲れてるんだ」
太洋は橘を押しのけ、逃げるように部屋をあとにした。
「起きたみたいだよ」
勇樹の声が聞こえて、太洋ははっと覚醒した。
自宅のダイニングキッチンだった。テーブルの向かいに、勇樹と橘が並んで腰かけている。
そこでようやく、自分の手足がガムテープで椅子に縛りつけられていることに気づいた。
「わわっ! な、なんだこれは! おまえたち、お、俺をどうするつもりだっ!?」
《息子と父の愛人、父を謀殺》、《不倫のすえに父殺害》、《父と愛人と息子のただれた三角関係》……ワイドショーのテロップが走馬灯のように脳裏を駆けめぐり、太洋はどっと冷や汗をかいた。
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