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松浦 巽◆お試し読み

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蜜の罠

中編小説。ピカレスク・ロマン風、緊縛ペットライフ。
pixivに別バージョンのお試し読みあり
電子書籍にもなりました
政財界を牛耳る巨魁・阿久津重徳=通称《御前》は、美青年を緊縛ペットとして愛する変態翁。その御前専属の調教師・辻井は、1人の青年を預かっていつもの作業にとりかかった。
閉ざされた空間でくりひろげられる、静かで緩やかな調教。やがて青年は、秘めていた内面を明かしはじめるが――。
エロティック・デカダンス。



▼お試し読み▼


「待ちな」
 謝りもせず通りすぎようとする男の腕をひねりあげたのは、日吉だ。
「この俺にスリを働こうとは、いい度胸だ」
 日吉が男の手から財布を取り返す間に、四人の護衛が寄ってたかって男を取り押さえる。
「てめえ!」
「ふざけやがって!」
 いつもなら、そのまま若い衆に制裁を任せて、自分は高みの見物を決めこむところだった。だが日吉は、相手の顔を一瞥すると、手下たちが手を出す前に制止した。
「おい、こいつを見ろよ。御前(ごぜん)が好きそうなツラじゃねえか」
 若いスリの顔は、よく見ると驚くほど整っていた。人目を引くような華やかさはないが、形のいい目鼻は大きすぎず小さすぎず、左右対称にバランスよく配置されている。青年期特有のしなやかさがあいまって、たしかに男なのだが男くさくはない、絶妙な塩梅だ。
 日吉はにやりと笑って言った。
「これはいい土産ができた。傷をつけずに、辻井のところへ送ってやれ」



「俺は辻井だ。おまえは?」
 答えがないので、辻井は重ねて言った。
「別に本名でなくてもいい。なんと呼べばいい?」
「――アオ」
 名字なのか名前なのか通称なのか。だが辻井には、そんなことはどうでもいい。
「そうか。アオ。ここで何をされるのか、聞いてきたか?」
「興味がない」
 アオはそう言ったが、嘘であることは明らかだった。警戒しながらも必要以上にびくびくしていないのは、ある程度の覚悟ができているためだ。
「まあ、それほど心配する必要はない」
 辻井はアオに近づきながら言った。
「おまえの体を傷つけるようなことはしない。痛いこともしないし、怒鳴りつけたりもしない。ご主人様と奴隷ごっこをするつもりもない。ただ俺に従えばいいだけだ」
 辻井の右手に鋏が握られているのを見て、アオは一瞬身構える様子を見せた。だがすぐに力を抜き、観念したように身を任せる。
 馬鹿ではないし、自制心もある。辻井はアオの反応に満足しながら、彼の着ているものに鋏を入れた。
 ブルゾンを脱がせ、その下のTシャツを切り裂いたところで、思わず息を呑んだ。



 そこの主が、御前――阿久津重徳(あくつ・しげのり)だった。
 あとで知ったのだが、御前はやくざではなかった。日本の政財界を陰から操る巨魁で、有力な政治家たちや名うての暴力団をいくつも傘下に置いた、本当の意味での支配者だった。当時すでに七十歳は越えていたのではないだろうか。頭髪は真っ白で、鶏ガラのように痩せており、まるで俗界を離れた仙人のように見えた。だが実際は、自分の嗜好を極めた好色家だった。
 辻井は阿久津邸の広間で、彼のペットをモデルに緊縛の技を披露した。
 男を縛るのは初めてだった。だがすぐに辻井は、これこそ自分の求めていたものだと気づいた。膂力に劣る女を縛るよりも、男を縛ったほうが征服欲が満たされる。そのうえ御前のペットは、見目よく、上品で、わざとらしい演技をすることもなかった。辻井は自分の手のひらに、その無言の慄きと官能を感じとり、自分もまた恍惚となった。



 フォークで突き刺して料理を口に運んでやると、アオは上手に受けとめて食べた。歯並びもきれいで、食べかたも品がいい。辻井がさしだしたものを次々頬張っていく様子は、まるで屈託がなく、この状況に屈辱や嫌悪といった否定的な感情をいだいているようには見えなかった。彼はおそらく、どん底というものを経験したことがあり、必要なときに耐え忍ぶことも知っている。まさしく御前が好む気質――そして辻井が求める気質の持ち主だった。
 食事が終わると、丁寧に歯を磨いてやり、そのあとで両手を自由にしてやる。
「ままごとみたいだな」
 アオが、満たされた顔で皮肉を言った。
「これにはちゃんと意味があるんだ」
 辻井は怒らずに答える。
「それに、もう少ししたら、ままごとだなんて言っていられなくなるさ」
「そうか……楽しみにしてるよ」
 そう切り返されて、辻井は軽い驚きとともにアオの顔を見つめた。
 強がりではなく、その瞳には純粋な好奇心だけがあった。見かけによらずタフな精神力を持っているようだ。
 これは一筋縄ではいかないかもしれない。そう思いながら辻井はドアを閉めた。



「ふーん。辻井さんは、ゲイというわけじゃないんだ」
 暇だからか、打ち解けてきたからなのか、入浴の時間などにはよく話しかけてくる。
「趣味と実益をかねた仕事だ。俺は縛るのが好きなんだよ」
「セックスよりも?」
「まあ、そうかな」
「変態だ」
 ずけずけと物を言うが、アオに言われても不思議なことに腹は立たない。悪気がないのは明らかで、純粋に思ったままを口に出しているだけだ。彼にとって、言葉はただそれだけの意味しか持たず、善悪や優劣を判断する材料にはならない。きっと根が素直で単純なのだろう。なんでも真正面から受けとめ、直球で返してくる。
 いってみれば、彼は本能的で動物的だった。まるで本当のペットのようだった。
 犬を飼うなら、アオのようなのがいい。
 髪を乾かし、ブラシでとかしてやりながら、辻井は思った。



 結局自分は、ここでの暮らしを楽しんでしまっているのだ。と、アオは認めた。
 苦痛がないといえば嘘になるが、すべては快感につながっており、本当に耐えがたいことを強要されたことは一度もない。何もかも管理されてはいるが、全体的には非常に大事に扱われていて、支配というよりむしろ奉仕されているような気さえしてくる。
 なにより、辻井の存在が大きかった。
 辻井はたしかに支配者だが、彼のやりかたはあまりにも一方的すぎて、かえって支配されているという実感が湧かないのだ。
 他人を支配したがる人間というのは、たいてい、相手に服従の証拠――崇拝であったり、奉仕であったり、貢物であったり――を要求する。ところが辻井は、ただ従えと言う。彼の言葉に従いさえすれば、こちらが何を考えようと、何を言おうと、まったくかまわないらしい。彼の支配は、つねに彼のほうからの一方通行で、こちらから何かを返す必要はない。しいていえば、彼の要求は、こちらが彼の行為を受けて感じること、それだけだ。感じるだけなら、言われなくても感じてしまう。



 裕也は人当たりがよく、だれにでも親切で、職員たちとも子供たちともすぐに打ち解けた。高校生になるころには、子供たちみんなから兄と慕われるまでになっていた。年が近かったこともあり、アオもよくいっしょに遊んだり、勉強を教えてもらったりしたものだ。
 高校を卒業し、独立してからも、裕也は手土産を持ってよく施設を訪ねてきた。だがそのころには、アオは裕也の親切さに、歪んだものを感じるようになっていた。彼はやさしいから親切なのではなかった。彼は、親切にすることで注目され、尊敬されることを望んでいた。彼にとって親切とは、相手を取りこみ支配するための手管だったのだ。
 あるいは裕也は、家族を失った欠落を埋めるために、他者の愛情を必要としていたのかもしれない。だがアオは、彼の気持ちを考えるようなゆとりはなく、しだいに彼を避けるようになっていった。一方裕也は、アオの変心を察知して、これまで以上につきまとうようになった。アオだけが自分の思いどおりにならないことが、ショックで、許せなかったのだろう。



「やっぱり、気が変わった」


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