Posted by 松浦巽 - 2014.10.19,Sun
BL短編小説。ホラーミステリ風。
※pixivに別バージョンのお試し読みあり
※pixivに別バージョンのお試し読みあり
「あのとき戻ってきたのは、おまえだけだった」
子供のころからくりかえし見ている同じ夢。それは、森の中で恐ろしい鬼に追われ、逃げまどう悪夢。
その夢が、過去の神隠し事件に関係していると知った祐一は、失われた記憶と真相を求めて現地へと向かう。そこで1人の青年と出会うが……?
※おまけ掌編「鬼の睦言」も収録。
▼お試し読み▼
子供のころ、神隠しにあった――そうだ。
ぞくりとした瞬間、背後で物音が響き、文字どおり飛びあがった。
ぎし、と木のきしむ音。社殿の傾いた扉が激しく揺れ、みしみしと壊れそうな音を立てながら、ゆっくり開きはじめる。
たちまちのうちに口が渇き、腋の下をいやな汗が流れた。
逃げなければ。そう思ったが、金縛りにあったように手足が動かない。
そうしている間にも、扉はじりじりと開いていく。
奥の暗がりから響いてきた声が、心臓をわしづかみにした。
「――おかえり」
「神隠しか」
男は遠い目をして言った。
「あのとき戻ってきたのは、おまえだけだった」
「覚えてるんですか?」
「もちろん。当時は大騒ぎだった」
すると、記事にはならなかったが、地元では大事件だったのか。
「僕のほかにも、子供が何人か行方不明になったとか」
「関連があるのかどうかは、わからないけどな。この町では、子供がいなくなれば、何でもかんでも神隠しだと言われる。実際には、事故かもしれないし、誘拐かもしれない。でもどれも、神隠しなんだ」
まるで他人の話を聞いているように、実感がなかった。経緯を知っても、何一つぴんとこない。発見されたあとの騒ぎも、記憶からすっぽり抜けおちているようだ。目の前の男がだれなのかも、あいかわらず思い出せない。
急にあたりが暗くなったと思ったら、大粒の雨が降りだした。
「こっちへ」
男に手を引かれて、崩れかけた社殿の中に入る。
その瞬間、前にもこれと同じことがあったような気がした。だがその感覚は、捕まえる前にするりと逃げ、男の熱い手のひらの感触だけが残った。
まっすぐだ。まっすぐ進めばいい。
昼のうちに神社から見た光景を思い出しながら、ゆっくり足を運ぶ。
もう少し。あとちょっとで、道に出られるはずだ。
爪先に何かがあたって足をとめた。恐るおそる手を伸ばすと、ざらりと乾いたものに触れた。太い木の幹だ。
携帯電話で照らしてみたが、近くに道はなかった。
暗闇の中で方向を誤ったのだ。
怖いのは鬼ではない。
この杜だ。
それなのに、杜の中を、わけもわからず逃げまどっている。
狭いはずの杜から、走っても走っても抜けられず、進むほどに広がっていくように思われた。黒い木々が蜘蛛の巣のように枝を張りめぐらし、自分をからめとって呑みこもうとしているような気がした。
そうだ、ここは神隠しの杜。
迷いこんだら、決して逃れられない。
「河西の兄ちゃん!」
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