Posted by 松浦巽 - 2013.11.04,Mon
BL短編小説。アンニュイな青春小説風。変則リバ・3Pあり。
※pixivに別バージョンのお試し読みあり
※pixivに別バージョンのお試し読みあり
理由もなく息苦しさを覚えながら毎日を送る高校生・敏。ある晩、殴られてぼろぼろの男・須藤を見かけ、放っておけずについ手をさしのべてしまう。それをきっかけに、傷を舐めあうような関係が始まって――。
▼お試し読み▼
何がこんなに苦しくてたまらないのか、わからない。
楽しいこともないが、とりたてて不満もない。金に困っているわけでもなければ、敵がいるわけでもなく、家庭環境は最高とは言いがたいが、最悪というほどでもない。
ただわけもなく息苦しい。生きている、そのこと自体が苦痛だ。
もしかしたらこれは、思春期にだれもが経験する苦しみなのかもしれなかった。蛙になろうとするおたまじゃくしは、鰓呼吸から肺呼吸に変わるとき、こんなふうに感じるのだろうか。
若ささえあればなんでもできる、と大人は言う。だが実際のところ、この社会の中で、子供という存在はあまりにも無力だ。可能性へとつながる力をもてあましながら、蛹の中でじっと息を殺して、時が過ぎるのを待つしかない。
ようやく十七歳になったばかりの日野敏(ひの・さとし)は、学校の屋上のフェンスにもたれて紫煙をくゆらせながら、見るともなく空を見上げた。
抜けるような青空を背景に、鳶が大きな円を描いて舞っている。
あの鳥でさえ、決して自由ではない。息をすること、飛ぶこと、食べること――そういった自然の摂理にがんじがらめにされて、生きる理由も知らずにただ生きている。それだけだ。
前方の電信柱の下に、何やら黒い塊が見えた。野良犬かと思ったが、人間だった。
黒っぽいスーツを着た男が、電信柱に抱きつくようにしてうずくまっている。髪は乱れ、スーツも泥だらけでしわくちゃだ。足元の地面には、本人のものと思われる吐瀉物。月明かりに点々と赤いものが見えて、ただの酔っ払いではなく、怪我をしているのだとわかった。
「あの……大丈夫ですか?」
恐るおそる声をかけると、唸るような呻き声がとまって、男の頭がかすかに動いた。
「救急車、呼びましょうか」
「……いい」
不明瞭な声が答え、男は体を反転させて地面に尻をついた。塀に頭を預け、あおむいた顔があらわになる。
ぼこぼこに殴られていて、人相がわからなかった。
「……放っといてくれ」
口調は意外にしっかりしている。見た目よりはひどい状態でもないのかもしれない。
敏は言われたとおり、放置して通りすぎようとした。だがどうしても気にかかり、コンビニで役に立ちそうなものを買いそろえると、すぐに来た道を戻った。男はまだ先ほどの場所で、あぐらの上に頭を垂れるようにして座りこんでいた。
二、三日もすると、須藤はけろりとした顔でまたコンビニに現れ、ファミレスに誘い、敏に合鍵の場所を耳打ちした。
「いつでも好きなときに来て、自由に使ってくれていいぜ。冷蔵庫の中身もタダだ」
どういうつもりでそんなことを言いだしたのかはわからなかったが、好奇心もあって、敏はさっそくおんぼろアパートを訪ねてみた。
二階にある1Kの部屋は、西日に暖められて主の匂いがこもっていた。窓を開けると、同じように老朽化した家々が軒を並べているのが見えた。無秩序にぎっしり詰まった感じは、まるで野鳥の営巣地のようだ。
反対に部屋の中はがらんとしていた。万年床があるだけで、テレビもなければCDデッキもない。須藤はここに、本当に寝に帰るだけなのだろう。
冷蔵庫の中身は缶ビールだけだった。
敏は苦笑し、一本取り出すと、畳の上に腰を下ろしてプルタブを開けた。苦い喉ごしを味わいながら、漫然とした時間の流れに身をゆだねる。
悪くない。
それ以来敏は、一人のときはここに入りびたるようになった。
須藤がどういうつもりで自分に近づいたのかは、いまだにわからない。だがこういう状況になったいま、下手に出なければならない彼が哀れで――いとおしい。
敏は、自分の中にこんな傲慢さが潜んでいたことを知って、少なからず驚いた。
人間関係というものに、自分は淡白なのだと思っていた。だれかを強く憎んだこともなければ、好きになったこともない。来る者は拒まず、去る者は追わず。道晴たちとつきあいが続いているのは、彼らが詮索したり干渉したりするタイプではないからだ。
だれからも支配されたくはなかったが、だれかを支配したいと思ったこともなかった。それなのに、須藤を前にして、これまでの自分が音を立てて崩壊しようとしている。
「須藤さん」
風呂から上がってきた須藤に声をかけると、心なしかその体が飛びあがったように見えた。
その少年に最初に目をとめたのは、郁子だった。
まだ混雑している、深夜のゲームセンター。
一人だけ学生服姿のその少年は、いかにも不慣れな様子できょろきょろしており、人込みの中でもひどく目立った。まだ中学生だろう。小柄で目が大きく、少女と間違えそうな風貌をしている。
「ちょっと。あんた、そんな格好でうろうろしないでよ」
化粧をして大人っぽく装っている郁子は、何を思ったか、少年をつかまえて文句を言いはじめた。
「目立つでしょう。補導員が来たら、こっちが迷惑なんだから」
怯える少年に絡んでいるうちに、出入口の自動ドアが開き、本当に補導員たちが入ってくるのが見えた。
道晴たちは郁子を呼んで退散しようとしたが、敏はとっさに少年に近づいて言った。
「おまえも来いよ」
何がこんなに苦しくてたまらないのか、わからない。
楽しいこともないが、とりたてて不満もない。金に困っているわけでもなければ、敵がいるわけでもなく、家庭環境は最高とは言いがたいが、最悪というほどでもない。
ただわけもなく息苦しい。生きている、そのこと自体が苦痛だ。
もしかしたらこれは、思春期にだれもが経験する苦しみなのかもしれなかった。蛙になろうとするおたまじゃくしは、鰓呼吸から肺呼吸に変わるとき、こんなふうに感じるのだろうか。
若ささえあればなんでもできる、と大人は言う。だが実際のところ、この社会の中で、子供という存在はあまりにも無力だ。可能性へとつながる力をもてあましながら、蛹の中でじっと息を殺して、時が過ぎるのを待つしかない。
ようやく十七歳になったばかりの日野敏(ひの・さとし)は、学校の屋上のフェンスにもたれて紫煙をくゆらせながら、見るともなく空を見上げた。
抜けるような青空を背景に、鳶が大きな円を描いて舞っている。
あの鳥でさえ、決して自由ではない。息をすること、飛ぶこと、食べること――そういった自然の摂理にがんじがらめにされて、生きる理由も知らずにただ生きている。それだけだ。
前方の電信柱の下に、何やら黒い塊が見えた。野良犬かと思ったが、人間だった。
黒っぽいスーツを着た男が、電信柱に抱きつくようにしてうずくまっている。髪は乱れ、スーツも泥だらけでしわくちゃだ。足元の地面には、本人のものと思われる吐瀉物。月明かりに点々と赤いものが見えて、ただの酔っ払いではなく、怪我をしているのだとわかった。
「あの……大丈夫ですか?」
恐るおそる声をかけると、唸るような呻き声がとまって、男の頭がかすかに動いた。
「救急車、呼びましょうか」
「……いい」
不明瞭な声が答え、男は体を反転させて地面に尻をついた。塀に頭を預け、あおむいた顔があらわになる。
ぼこぼこに殴られていて、人相がわからなかった。
「……放っといてくれ」
口調は意外にしっかりしている。見た目よりはひどい状態でもないのかもしれない。
敏は言われたとおり、放置して通りすぎようとした。だがどうしても気にかかり、コンビニで役に立ちそうなものを買いそろえると、すぐに来た道を戻った。男はまだ先ほどの場所で、あぐらの上に頭を垂れるようにして座りこんでいた。
二、三日もすると、須藤はけろりとした顔でまたコンビニに現れ、ファミレスに誘い、敏に合鍵の場所を耳打ちした。
「いつでも好きなときに来て、自由に使ってくれていいぜ。冷蔵庫の中身もタダだ」
どういうつもりでそんなことを言いだしたのかはわからなかったが、好奇心もあって、敏はさっそくおんぼろアパートを訪ねてみた。
二階にある1Kの部屋は、西日に暖められて主の匂いがこもっていた。窓を開けると、同じように老朽化した家々が軒を並べているのが見えた。無秩序にぎっしり詰まった感じは、まるで野鳥の営巣地のようだ。
反対に部屋の中はがらんとしていた。万年床があるだけで、テレビもなければCDデッキもない。須藤はここに、本当に寝に帰るだけなのだろう。
冷蔵庫の中身は缶ビールだけだった。
敏は苦笑し、一本取り出すと、畳の上に腰を下ろしてプルタブを開けた。苦い喉ごしを味わいながら、漫然とした時間の流れに身をゆだねる。
悪くない。
それ以来敏は、一人のときはここに入りびたるようになった。
須藤がどういうつもりで自分に近づいたのかは、いまだにわからない。だがこういう状況になったいま、下手に出なければならない彼が哀れで――いとおしい。
敏は、自分の中にこんな傲慢さが潜んでいたことを知って、少なからず驚いた。
人間関係というものに、自分は淡白なのだと思っていた。だれかを強く憎んだこともなければ、好きになったこともない。来る者は拒まず、去る者は追わず。道晴たちとつきあいが続いているのは、彼らが詮索したり干渉したりするタイプではないからだ。
だれからも支配されたくはなかったが、だれかを支配したいと思ったこともなかった。それなのに、須藤を前にして、これまでの自分が音を立てて崩壊しようとしている。
「須藤さん」
風呂から上がってきた須藤に声をかけると、心なしかその体が飛びあがったように見えた。
その少年に最初に目をとめたのは、郁子だった。
まだ混雑している、深夜のゲームセンター。
一人だけ学生服姿のその少年は、いかにも不慣れな様子できょろきょろしており、人込みの中でもひどく目立った。まだ中学生だろう。小柄で目が大きく、少女と間違えそうな風貌をしている。
「ちょっと。あんた、そんな格好でうろうろしないでよ」
化粧をして大人っぽく装っている郁子は、何を思ったか、少年をつかまえて文句を言いはじめた。
「目立つでしょう。補導員が来たら、こっちが迷惑なんだから」
怯える少年に絡んでいるうちに、出入口の自動ドアが開き、本当に補導員たちが入ってくるのが見えた。
道晴たちは郁子を呼んで退散しようとしたが、敏はとっさに少年に近づいて言った。
「おまえも来いよ」
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