Posted by 松浦巽 - 2013.08.09,Fri
長編小説。やたらにタフな受けがやたらに拘束されるB級映画的ノリの一品。
※pixivに別バージョンのお試し読みあり
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民間警護員・斉賀の今回の任務は、アメリカの青年実業家・アンセルの身辺警護。自信家で魅力的なアンセルに振りまわされ、なしくずしに肉体関係まで持つことになった斉賀だが、アンセルが帰国してほっとしたのもつかのま、何者かに拉致されてしまい――!
イギリス王室の秘宝に、海賊伝説、はては秘密結社やCIAまで登場しての超展開。行く先々で縛られたり拷問を受けたりと散々な斉賀。はたして斉賀とアンセルの運命は!?
▼お試し読み▼
空港で初めて警護対象者を見たとき、斉賀祥の頭に浮かんだのは、面倒そうな相手だな、という思いだった。
豊かな赤い髪に、鮮やかな緑の瞳。彫りが深く、やや目尻の下がった顔立ちは、ハリウッドの二枚目俳優のようにハンサムで肉感的だ。背が高く、肩幅も広いが、体全体はひきしまってすらりとしている。
上品なスーツに身を包んだその姿は、有能な青年実業家にふさわしかったが、問題は全身から発している過剰な自信のオーラだった。
恵まれた若い人間にありがちだが、まだ挫折を知らないこの手のタイプは、こちらの指示に従ってくれないことが往々にしてある。
案の定、相手は斉賀を一瞥すると、不信感をあらわにアメリカ英語で問いかけてきた。
「君が、頼んでおいた警護員か?」
「そうです。よろしくお願いします」
斉賀も流暢なアメリカ英語で答える。
民間の警護専門会社に勤める斉賀が、今回与えられたのは、いつもとは少々勝手が違う任務だった。
対象者はアメリカ人の実業家、アンセル・モーガン、三十二歳。日本企業の視察と観光をかねて、三泊四日の滞在予定。本国から同行するボディーガードが二人いるが、日本の事情に詳しい者も必要とのことで、斉賀の勤め先である大久保エスコートに依頼がきた。
「俺はおまえの雇い主だぞ? その俺に意見するのか?」
アンセルが脅すように言った。
「我々ははあなたを護衛するために雇われました。たとえあなたの命令でも、あなたを危険にさらすことはできません」
斉賀も負けずに言いかえす。
二人はしばらく睨みあったが、やがてアンセルのほうが折れた。
「わかった。おまえの言い分ももっともだ。残念だが、彼女たちにはここでおやすみを言うことにしよう」
アンセルが芝居がかった別れの挨拶をすませると、池上がホステスたちを連れてエレベーターの方へ向かう。
斉賀はアンセル一行とともに部屋に入り、すばやく室内の警備点検をする。
戻った池上を加えて翌日の打ち合わせを終え、部屋を出ようとしたところで、アンセルが斉賀の腕をつかんでひきとめた。
「おまえは残れ」
「?」
「俺の楽しみを奪ったんだ。代わりぐらいするのが当然だろう?」
斉賀は思わずアンセルを見返した。
なんと彼は、斉賀にベッドの相手をしろと言っているのだ。
気がつくと囲まれていた。
ちょうど高架橋の下にさしかかったところだった。近くに民家はなく、人通りもない。
背後から近づいてくる数人の足音。右手前方の橋脚の陰から一人現れ、左手の暗がりの中からも、一人、二人と姿を現す。
全部で六人。いずれも黒い目出し帽をかぶっている。
サービスエリアで襲撃してきた一味だ、とぴんときた。
だがなぜ? アンセルが目的だったのではないのか?
前回で学習したのか、男たちはすぐには襲ってこようとせず、遠巻きにして立ちどまった。斉賀も足をとめた。
銃は持っていないようだが、六人を相手にするのはきつい。逃げるべきだと判断した斉賀は、いきなり向きを変えて来た道を走りだした。
と見せかけて、すぐに方向転換するや、橋脚の近くにいた男の顎に一発見舞い、その脇をすりぬける。
顎への打撃は、ありふれているが効果的だ。脳震盪を狙えるので、鍛えあげた相手でもダウンする可能性がある。
いまもうまく入ったらしく、背後で男がよろめく気配がした。
残り五人はすぐには追いつけない。いまのうちに引きはなして明るいところまで逃げようとしたが、こんどは上から一人降ってきた。橋桁の部分に潜んでいたのだ。
背中から押しつぶすように倒され、地面を転がってもみあった。腕をねじあげられそうになるのを逆にねじりかえし、迷わず肩の関節をはずす。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げてのたうつ男を放し、ふたたび走りだしたときには、五人がすぐそばまで迫っていた。
「それで、話というのは?」
別室に移動してからも、アンセルは苛立った演技を続けてそう切り出した。
斉賀の閉じこめられている寒々とした独房とはまるで違い、籐製品などどこか南国風の調度でまとめられた優雅な部屋だ。
「落ちついて、お茶でも飲みたまえ」
ガラステーブルの上にはすでに茶の支度がされており、席についたバーソロミューが洗練された手つきでティーポットを取りあげる。
しかたなくアンセルも向かいに腰を下ろし、紅茶を注がれたティーカップに手を伸ばした。
「じつは私は、イギリス王室に仕える秘密捜査官だ」
静かに砂糖を溶かしながら、バーソロミューは世間話でもするように言った。
「イギリス政府の情報機関とは関係なく、王室直轄の組織で、王室の権威と名誉に関わる事案を扱っている」
そんなことを言われても、アンセルにはまったくぴんとこない。斉賀を人質に取られ、ここに来いと言われたから来た。呼ばれた理由は見当もつかないが、イギリス王室など自分とは縁もゆかりもないはずだ。
そんなアンセルの心中をよそに、バーソロミューは話を続ける。
「私の今回の任務は、海賊に奪われた王室の秘宝を取りかえすことだ。かつて、清教徒革命の混乱のさなかに失われた秘宝が、どういう経緯でか国外へ持ち出され、カリブ海で海賊に奪われてしまった。王室はながらくその行方を探していたが、最近になってようやく、ここに隠されていることを突きとめたのだ」
「そんな昔話が、俺にどう関係してくるんだ?」
「君がその、海賊の船長の子孫なのだよ。君は秘宝のありかを知っているはずだ」
臀部になにやら冷たいものを感じて、二人同時にびくっとした。
手を伸ばすと、床が濡れている。
「しまった、満ち潮だ!」
アンセルが声を上げ、慌てていっしょに立ちあがった。
すっかり埋まったかと思ったが、水が流れこんでくる隙間はあったらしい。もう一度手分けして出口を探したが、完全な袋小路でどこにも逃げ場はない。潮の流れは速く、みるみる水位が上がってくる。
「まずいぞ、これは……」
水はすぐに身長を越え、二人は立ち泳ぎをしながら手を握りあった。
「どこまで水が増えると思いますか?」
「わからない」
「完全に水没しなくても、空気が足りなくなるかも……」
そう言っている間にも天井まで押しあげられ、わずかに残った空間に顔を出して、かろうじて呼吸ができるだけという状況になってしまう。
斉賀はポケットからナイフを取り出し、天井の岩を削りはじめた。
「何をしてるんだ?」
「天井を削っています」
「そんなことをしても、無駄じゃないか?」
「何もしないよりましです」
しばらく間があって、アンセルが不思議そうに訊いてきた。
「どうしておまえは、いつもそんなに必死なんだ。疲れないのか?」
「冗談を言っている場合じゃありません」
斉賀は少しためらってから言葉を続けた。
「ショウ――」
そう言ったきり、アンセルは言葉を失った。
斉賀はすっかり雰囲気が変わっていた。
イギリス風の上等なスーツを身にまとい、頭のてっぺんから足の爪先まで、一分の隙もなく決めている。ずいぶん羽振りがよさそうに見えるが、体は少しやせたようだ。
だが、何よりもアンセルを圧倒したのは、いままで見たこともないような険しい目つきだった。
斉賀は、コナーやジェイコブの顔を一瞥しただけで、すぐアンセルに視線を戻した。
「なぜここへ?」
鋭く問われて、アンセルはようやく口を開いた。
「俺のほうが訊きたい。いったいどういうつもりだ? どうしてラングフォードなんかといっしょにいる?」
「どういうつもりって、ビジネスですよ。バートに雇われたんです。ヘッドハンティングされて、条件がよかったから乗ったまでのことです」
アンセルはまたしても言葉に詰まった。
ビジネス? ヘッドハンティング? それよりもその、親しげな呼び方はなんだ? バーソロミューのことを、バートだと?
「俺が誘ったときは、断ったくせに」
アンセルは絞り出すように言った。
「あいつは、おまえをあんな目に遭わせて、俺を殺そうとした相手だぞ?」
斉賀は表情を変えず、淡々と言った。
「それについては和解しました。あなたにも、もう手は出さないそうです。バートは、ボーディーガードとしての私の能力を買ってくれたんですよ」
「俺だって――俺だって、おまえの能力は買っている」
「話というのは、それだけですか? とにかくこれは、私が決めたことです。あなたに口出しされる筋合いはありません」
突きはなすように言われて、アンセルは文字どおり立ちつくした。
味方はバーソロミューと斉賀のほかに、ボディーガードが二人だけだ。
敵が銃を持っていないことを確認した斉賀は、即座に行動に移った。
手近の一人に襲いかかり、すばやくナイフを奪うと、つぎの一人に突進しながら背後に向かって声を投げる。
「先に行け! あとで合流する!」
何人かがバーソロミューたちを追おうとしたが、斉賀はその前に躍り出て牽制した。その隙にボディーガードたちが、バーソロミューを守りながら車道を横切る。
車が走りさる音を確認してから、斉賀は本格的に敵を倒しはじめた。容赦なく殴り、蹴り、投げとばし、一人ひとり確実に気絶させて、すぐまたつぎへ向かう。
こんな反撃がくるとは予想していなかったのだろう。若者たちは慌てて後ろへ下がり、それでもまだ数では勝っていると思うのか、逃げずに遠巻きにして威嚇してくる。
そろそろ自分も退散しようと斉賀が思ったちょうどそのとき、近づいてくるサイレンの音が聞こえ、一気に大音量となった。
急行したパトカーがつぎつぎ停まり、警察官たちが飛び出してきて、あっというまに包囲されてしまう。
「全員その場を動くな! 武器を捨てて地面に伏せろ!」
自分たちに向けられた無数の銃口を見て、斉賀は逃走を諦めた。
「かまいません。その代わり、あなたも一人でお願いします。ボディーガードも抜きで」
『おまえと俺とじゃ、俺のほうがずいぶん不利じゃないか』
「私は絶対に、あなたを傷つけるようなことはしません。誘拐するつもりもありません。書類さえもらえればいいんです」
しばらく間があって、やがてアンセルは言った。
『わかった。じゃあ、日時や場所は、俺が決めてもいいか? 仕事の都合もあって、いつでも出られるわけじゃないんだ』
「もちろんです。どこへ行けば?」
『スケジュールを調整するから、明日また連絡してくれ』
「わかりました」
電話を切ると、斉賀は腰が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。
いよいよアンセルに会うのかと思うと、胃が痛くなってきた。だが、うれしくてはずんだ気分になっているのも事実だった。
二つの気持ちの間で揺れうごきながら、斉賀はしばらくそのままじっとしていた。
五人はおとなしく武装解除され、後ろ手に手錠をかけられた。
あっけなかった。
拍子抜けする思いで、アンセルは隠れていた場所から一歩出た。
「残念だったな、バーソロミュー・ラングフォード。おまえの探し物はここだ」
ダミーの書類を掲げてみせると、バーソロミューは負け惜しみなのか、にやりと笑って言った。
「どうせ偽物だろう。それよりも、私のかわいい部下を返してくれたまえ」
「かわいい部下?」
「ショウ・サイガのことだ。君のところに使いに出したんだが、戻らなくてね。君が彼に、何かしたんだろう?」
その口振りは、やはり斉賀とそういう関係にあるということか。
たちまち嫉妬の炎に焼かれて、アンセルは苦々しく言いかえした。
「彼は渡さない」
「まさか、殺したわけじゃないだろうね?」
「安全なところで、おとなしくしてもらっているだけだ」
「彼のことは気に入っているのだよ。ぜひ居場所を教えてもらいたい」
「そんなことより、自分の心配をしたらどうだ?」
バーソロミューの落ちつきぶりに、アンセルは一抹の不安を覚えた。
手錠で拘束され、銃を突きつけられて、彼らには万に一つも逆転のチャンスはない。それなのになぜ、バーソロミューはこんなに平然としているのか。
「自分の心配をするのは、君たちのほうだよ」
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