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松浦 巽◆お試し読み

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執着の黒い描線

長編小説「執着の黒い描線」と短編小説「恋情輪廻」を収録。
※メルマガ連載作品
pixivに別バージョンのお試し読みあり
天性の審美眼をもつ画廊マネージャー・美鶴は、業界のパーティーで偶然、若き天才画家・芹沢と出会う。芹沢の申し出により、美鶴の画廊で彼の個展を開催することになるが、思わぬトラブルが発生し――(執着の黒い描線)
3年前の失恋をひきずっている高校教師・宏孝。携帯電話を拾ってもらったのが縁で、佑司という青年と知りあうが――(恋情輪廻)


▼お試し読み▼


◆執着の黒い描線・抜粋◆

 キャンバスに目をやったとたん、周囲の光景がかき消え、絵の中にとりこまれてしまう。
 木々の葉が風に揺れ、小鳥が鳴き、せせらぎの音が聞こえるようだ。暖かい陽射しが頬にあたり、草花の瑞々しい香りや、湿った土の匂いまで感じられるような気がする。
 写真よりも生々しい、自然の躍動感。
 驚くのは、それだけではなかった。
 湖面のような静けさが、一歩近づいただけで崩れさり、こんどは荒々しい筆致とともに胸をわしづかみにする。
 静から動への急転換。
 よく見ればこれらの絵は、計算されて丁寧に描かれたのではなく、殴り書きのような描線で構成されているのだった。だがその適当に引かれたとしか思えない線の一本一本が、じつはすべて必要不可欠な役割を担い、穏やかさと迫力という一見両立しない要素を、奇跡のように統合している。
 美鶴の中で激情が吹き荒れた。
 感動、歓喜、熱狂――そんな言葉ではとても表わしきれない至福の喜び。禁忌に触れてしまったような畏れと不安。ちらりとうごめく羨望と嫉妬。そして、どこか懐かしいような切ない気持ち。
 それらの感情がいちどきに膨れあがり、息が苦しくなる。
「――すばらしい」
 背後で木崎の感嘆の吐息が聞こえたが、美鶴は声を出すこともできなかった。
 頬を紅潮させてゆっくり振りかえると、こちらをじっと見ている芹沢と目が合った。
 反応をうかがうような、何かを恐れているような黒い瞳。
 自分が彼の絵を気に入らなかったと思われているのではないかと、はっと気づき、美鶴は慌てて言葉を搾り出した。
「ぜひ――ぜひ、やらせてください――あなたの個展を……!」



『まあ、親父の死というきっかけがあったしな。でも――戻ってみたら、日本も案外悪くなかった』
 その言葉が、自分との出会いを示唆していることを感じとって、美鶴はあやうく赤くなるところだった。自分から望んだ関係ではないが、芹沢に求められているという意識は、美鶴の気持ちをくすぐったく高揚させた。
 自分は本当は、さびしかったのかもしれない。
 ワンルームマンションの壁を見つめながら、唐突に美鶴は気づいた。
 いま現在、美鶴には親しい友人がいない。高校以前の同級生はほとんど地元を離れ、大学時代にできた友人は、もともと各地から集まった人間ばかりだ。連絡はとりつづけているが、気軽に会える環境ではない。
 実家は実家で、兄夫婦に子供が生まれてからは、たまに帰っても居場所がなかった。仲が悪いわけではないが、部屋数は足りないし、生活時間帯も異なるしで、互いに何かと気を遣ってしまう。
 そこに現れた芹沢は、美鶴にとって、いろいろな意味で魅力的な存在だった。
 美鶴の愛する絵画のなかでも、極上の作品を生み出せる天才画家。年齢が近く、共通する話題も多くて、親しくなってみるとなかなかの話し上手。社会人として自立しているだけでなく、尊敬に値する器量もある。清潔感があり、近くにいても生理的ストレスは感じない。単なる取引相手ではなく、表沙汰にできない秘密を共有する間柄ゆえに、ほかの人よりも強い結びつきがあるともいえる。
 なんだ、そうか。この気持ちは、友情のようなものか。
 自分の結論に安心した美鶴は、いつしか深い眠りに落ちていた。



 うれしそうに言った芹沢は、ふと顔を曇らせて、探るように尋ねてきた。
「――怒ってる?」
「え? 何をですか?」
「出張のこと」
 どうやら、わがままを言ったという自覚はあるらしい。美鶴は芹沢の顔を見つめ、つかのま迷ってから正直に答えた。
「――少し」
 芹沢が叱られた犬のような顔になるのを見て、慌ててつけくわえる。
「怒ったというより、なぜ?って感じです。出張も私の仕事だし、たった三日のことなのに」
 芹沢は目を伏せて黙りこんだ。タルトにデザートナイフを入れ、だが口には運ばず、そのままの姿勢で言った。
「――名古屋には、あの女がいるから」
「あの女?」
「画廊で、仲よく話してたじゃないか。展示のレイアウトを担当してるっていう――」
「ああ、小峰さん?」
 言ってから美鶴は、はっと気づいた。
「まさか――もしかして、小峰さんを推薦したのは――」
「ああ、そうだよ」
 芹沢は横を向いて吐きすてるように言った。
「あんたがあの女といちゃついてるのを見て、腹が立ったんだ。本当はあの女が好きなんだろう? あっちだって、あんたに気があるみたいだった。はたから見てもお似合いだもんな」



 いつものように芹沢の家を訪ねると、珍しく芹沢が外で待ちかまえていた。
「大丈夫なのか!」
 車から降りるか降りないかのうちに、屋敷にひっぱりこまれ、噛みつかんばかりの勢いで問いつめられる。
「えっ? な、何がですか?」
「事故にあったって……怪我はないのか!?」
 報告するまでもないと黙っていたのだが、打ち合わせのついでに木崎から耳に入れたのだろう。どういうふうに聞いたのか、大げさすぎる反応だ。
「だ、大丈夫です。バンパーに少し傷がついただけで、体はなんともありません」
 めんくらった美鶴の説明には耳を貸さず、芹沢は両手で美鶴の顔を挟んで覗きこみ、腕を取ってひっくりかえし、服の上から全身を叩いて確認してから、ようやくほっと息を吐いた。
「車のキーは」
 美鶴がスーツのポケットから取り出そうとすると、芹沢は途中でそれを奪いとって、開けはなした縁側から中庭めがけて力いっぱい投げすてた。
「ちょ、ちょっと! 何をするんですか!」
 中庭へ駆けおりようとする美鶴の腕をつかんで引きもどし、後ろ手にサッシ窓を閉めて、通させまいとするように仁王立ちになる。
「いったいどういうつもりですか!」
「もう車には乗るな! 何かあったらどうするんだ!」
 押しのけようとする美鶴ともみあいながら、芹沢は叫ぶように言った。美鶴も負けずに声を張りあげた。
「通してください! 無事だったんだからいいでしょう? 車がなかったら仕事になりません!」
「じゃあ仕事なんか辞めてしまえ! 外にも出るな! ずっとここにいろ!」
「そんな無茶な! 仕事を辞めたらどうやって食べていくんですか! そもそも先生とは――わあっ!」
 勢いあまってバランスを崩し、二人折りかさなるように縁側に倒れこんだ。
「――いたた……」
 打ちつけた肩をさすりながら身を起こそうとした美鶴は、上になった芹沢の顔を見てぎょっとした。



 客が来るとわかっているなら、あらかじめ教えておいてくれればいいものを。
 座卓の前に腰をおろしながら、美鶴は芹沢に恨みがましい視線を向けたが、芹沢は庄司の方を向いたまましゃあしゃあと嘘をついた。
「春日さんには、個展の打ち合わせのために来てもらったんですが、結局ゆうべは飲み明かしてしまいましてね」
「あっ、また個展の予定があるんですね。前回は別の担当者が来ていたので、残念ながら僕は拝見できなかったんですが、次回こそはぜひ来させていただきたいと思います」
 庄司はすかさず個展の話題に食いつき、ふたたび取材に戻る。
 経歴や制作上のこだわり、今後の予定、抱負などをインタビューしてから、アトリエで写真を撮りたいと言いだした。
「ええ、いいですよ」
 芹沢があっさり承諾するのを聞いて、美鶴は胸がちくりとした。
 自分の立入を禁じているアトリエに、この男は通すのか。完成まで秘密だというあの絵も、この男には見せてしまうのだろうか。
 だが芹沢は、立ちあがりながら美鶴に顔を寄せてささやいた。
「あれは見せないから」
 美鶴は顔が赤くなるのを感じ、慌ててうつむいた。



 ついていこうかどうしようか迷ったが、スケッチブックのほうが気になった。ここにしまってあるということは、かなり前のものだろう。昔の芹沢の絵が見てみたいという誘惑に駆られ、美鶴は無意識にそちらの方へ足を踏みだしていた。
 ちらっと見せてもらうだけだ。
 覗き見の罪悪感でよけいに好奇心を刺激され、美鶴は息を詰めて手を伸ばした。とりわけ古そうな一冊を選んで抜きとり、両手に持ってそっとめくる。
 中に描かれていたのは、若い男の顔だった。
 鉛筆による荒いタッチの素描。一ページにいくつもぎっしり描きこまれたその顔は、美鶴にそっくりで、一瞬美鶴は、知らないうちにこっそりスケッチされていたのかと思った。
 だがそれにしては、スケッチブックが古すぎる。眼鏡もかけていない。自分によく似ているが、これは別の男だ。
 ページをめくると、そこにもまた同じ顔があった。微笑んだ顔、目を伏せた顔、口元をひきしめた顔、少しむっつりした顔、遠くを見ている顔、斜め後ろからの顔、振りかえった顔――。めくってもめくっても、同じ顔ばかりが延々続く。
 人物は描かないと言っていたくせに。
 そう不満げに思った美鶴は、このスケッチの示す別の意味に気づいてはっとなった。
 同じ人物ばかりこれほどたくさん描いてあるのは、この男が芹沢にとって特別な存在だったからだろうか。この男は、芹沢とどういう関係なのだろう。人物は描かないと不機嫌そうに言っていたのは、この男と何かあったから、それでもう描かないということなのだろうか。
 こめかみがどくんと強く脈打ち、同時に胃のあたりが重く冷たくなった。
 これ以上見ていたら倒れそうな気がして、美鶴はたまらずスケッチブックを閉じた。
 胸がむかむかして、頭痛までしてくる。鼓動が速く、息も浅く短くなり、全身がばらばらになってしまったようで言うことをきかない。まるで何かの発作のようだ。
 何だ、これは。自分はいったい、どうしてしまったんだ。



◆恋情輪廻・抜粋◆

 最近は気をつけていたのに、油断していた。ほろ酔い程度だと思っていたが、会がお開きになるあたりから記憶が曖昧で、どこで中身を広げたのか思い出せない。
 とにもかくにも、携帯電話ならまだ探しようがある。宏孝は固定電話の受話器を取り、自分の携帯電話の番号をプッシュした。
 コール音が続き、そろそろ留守電に切り替わるというころになって、ようやくつながる。
『――もしもし?』
 その声を聞いたとたん、いっぺんに酔いが醒めた。
 ――透!?
 やわらかく耳朶をくすぐる、低くはないが深みのある声。忘れたくても忘れられない、透の声だ。
 ――なんで透が僕の電話に!? いまごろになってどうして!?
 疑問と期待と、恐怖にも似た感情がいっぺんにあふれだし、宏孝は言葉を失った。
『ええと……この携帯、ベンチの上にあったんですけど』
 沈黙したままでいると、電話の相手がもう一度口を開いた。
 声質はよく似ているが、話し方が少し違う。透はわずかに弾むような語調だった。
 宏孝はほっと息をつくと、気持ちを落ち着かせて口を開いた。
「すみません。その携帯の持ち主なんですが、置き忘れたようで――」



 佑司は申し分のない恋人だった。年下らしく精力にあふれ、積極的で、惜しみなく愛情を注いでくれる。それでいて押しつけがましさはなく、宏孝の立場を優先させて、引くべきところは引いてくれる。
 甘やかされていると認識しながら、宏孝はあえてそれに溺れた。透とのときとは違い、男性同士という以外、立場上の制約はほとんどない。そのことが宏孝を開放的にし、新たな恋にのめりこませる結果になった。
 かといって問題がないわけでもなかった。
 一つは、宏孝自身の気持ちの問題だ。
 どうやら自分で考えていた以上に、透のことをひきずっていたらしく、佑司と深くつきあえばつきあうほど、透のことを思い出してしまう。それが佑司に対して申し訳なく、佑司のことだけを考えられない自分に罪悪感を覚えた。
 もう一つは、佑司の奇妙な振る舞いだった。
 ふだんは人当たりのいい佑司が、ときおり違う表情を見せる。急に黙りこんだり、思い詰めたような目でじっと見つめてきたりされると、宏孝はひどく落ち着かない気分になる。
「生まれ変わりって、信じる?」
 突拍子もないことを言いだすときもあった。
「俺が、あなたの知ってるだれかの生まれ変わりだったとしたら、どうする?」



 クリスマスも近づいたある晩、佑司にねだられて、宏孝は佑司を自分のマンションに招いた。
「宏孝さんがどんなところで生活してるのか、一度見てみたいんだ。近所迷惑なことはしないからさ」
 その言葉どおり、入ってしばらくは神妙にしていた佑司だが、物珍しそうにあちこちを眺めているうち、何かに興味を引かれたらしく急に腰を上げた。
 佑司の向かった先を見て、宏孝はひやりとした。
 学期末の多忙さで荒れていた部屋のほとんどは、昨夜急いで片づけたが、手が回らずにそこだけ雑然としたままのパソコン用デスク。その上のブックエンドの間に、透の写真を入れた写真立てを、参考書やマニュアルといっしょに置いていたのを忘れていた。
 宏孝の祈りもむなしく、佑司は的確にその写真立てを取り出した。
「――こいつと知り合いだったの?」
「え? ああ――その、昔の教え子だ」
 予想とは違う反応に、戸惑いながら宏孝が答えると、佑司はさらに驚くべきことを言った。


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