Posted by 松浦巽 - 2013.01.02,Wed
BL風短編プチ冒険小説。Hシーンはほんのり程度。
※pixivにも別バージョンのお試し読みあり
※pixivにも別バージョンのお試し読みあり
わけあって追われる身の狼人間・士郎は、山奥の廃屋で、鈴木と名乗る謎の男にかくまわれる。2人は急速に惹かれあうが、それぞれに事情があり――。
▼お試し読み▼
懐中電灯を持った男たちが行ってしまうと、岩陰の窪みに身を潜めていた獣がそっと立ちあがった。
三角形の立ち耳に、房状の長い尾。厚い被毛は月の光を受けて銀色に輝き、長い口吻の付け根にある2つの目は、動きに合わせて黒曜石のようにきらめく。犬に似ているがわずかに違う――狼だ。
灰色の狼は歩きだそうとしたが、力が入らないようでふたたび座りこんだ。
と、その体に奇妙な変化が現れた。
全身に波打つような痙攣が走ったかと思うと、筋肉や骨がみるみるねじれ、飴細工のように伸縮しはじめる。
骨格のバランスを変えながら四肢が伸びた。尾が縮んで、見えなくなった。首と口吻が短くなり、頭部が隆起して耳の形が変わった。
同時に、全身を覆っていた密毛が体内に吸いこまれるように消え、小麦色のなめらかな皮膚が現れる。
岩陰にしゃがんでいるのは、いまや1人の裸の青年だった。
黒い髪に黒い目。口元のひきしまった精悍な顔立ち。まっすぐな鼻梁が、狼のおもかげを残しているようにも見える。
地面を踏む音が間近に聞こえ、青年ははっと身を硬くした。
「――近くにコンビニが?」
荒廃した景色には不釣り合いな品々に意表を突かれ、士郎が最初に発した言葉はそれだった。
「車で1時間も行けば街に出る。ほら、着るものも買ってきたぞ」
男は気にしたふうもなく答えると、別の袋を放ってよこした。中には下着が数枚とスウェットの上下、それにスポーツシューズまで入っていた。
「まずは腹に何か入れろ。あとで風呂も沸かしてやる」
「風呂?」
「この家には薪の風呂があるし、近くに井戸もある。さすがに電気はないが、こう見えてけっこう文化的な生活ができる」
長逗留しているような口ぶりに、士郎は遅ればせながら疑念を覚えた。そういえば昨夜も、隠れ家という言い方をしていた。この男は何者で、ここで何をしているのか。
「生粋の日本人じゃないな」
士郎の少しエキゾチックな鼻すじをなぞりながら、鈴木が言う。
「東南アジア系か?」
「たぶん」
荒い息の下から、士郎は答える。
「最後にいたのは、ベトナムだったらしい」
「最後って?」
「どこで生まれたのかわからない。あちこちたらいまわしにされて、10歳ぐらいのとき日本人の養子になった」
「奇遇だな。俺も、親の顔は知らない」
「――もう一度檻に入ってもいいと思うほどの意味だって?」
士郎は無言で微笑を浮かべた。窓ガラスにこちらを向いた鈴木の顔が映り、目と目が合う。
「檻になんか入れさせるものか」
鈴木は怒ったように言うと、前に向き直ってアクセルを踏みこんだ。
懐中電灯を持った男たちが行ってしまうと、岩陰の窪みに身を潜めていた獣がそっと立ちあがった。
三角形の立ち耳に、房状の長い尾。厚い被毛は月の光を受けて銀色に輝き、長い口吻の付け根にある2つの目は、動きに合わせて黒曜石のようにきらめく。犬に似ているがわずかに違う――狼だ。
灰色の狼は歩きだそうとしたが、力が入らないようでふたたび座りこんだ。
と、その体に奇妙な変化が現れた。
全身に波打つような痙攣が走ったかと思うと、筋肉や骨がみるみるねじれ、飴細工のように伸縮しはじめる。
骨格のバランスを変えながら四肢が伸びた。尾が縮んで、見えなくなった。首と口吻が短くなり、頭部が隆起して耳の形が変わった。
同時に、全身を覆っていた密毛が体内に吸いこまれるように消え、小麦色のなめらかな皮膚が現れる。
岩陰にしゃがんでいるのは、いまや1人の裸の青年だった。
黒い髪に黒い目。口元のひきしまった精悍な顔立ち。まっすぐな鼻梁が、狼のおもかげを残しているようにも見える。
地面を踏む音が間近に聞こえ、青年ははっと身を硬くした。
「――近くにコンビニが?」
荒廃した景色には不釣り合いな品々に意表を突かれ、士郎が最初に発した言葉はそれだった。
「車で1時間も行けば街に出る。ほら、着るものも買ってきたぞ」
男は気にしたふうもなく答えると、別の袋を放ってよこした。中には下着が数枚とスウェットの上下、それにスポーツシューズまで入っていた。
「まずは腹に何か入れろ。あとで風呂も沸かしてやる」
「風呂?」
「この家には薪の風呂があるし、近くに井戸もある。さすがに電気はないが、こう見えてけっこう文化的な生活ができる」
長逗留しているような口ぶりに、士郎は遅ればせながら疑念を覚えた。そういえば昨夜も、隠れ家という言い方をしていた。この男は何者で、ここで何をしているのか。
「生粋の日本人じゃないな」
士郎の少しエキゾチックな鼻すじをなぞりながら、鈴木が言う。
「東南アジア系か?」
「たぶん」
荒い息の下から、士郎は答える。
「最後にいたのは、ベトナムだったらしい」
「最後って?」
「どこで生まれたのかわからない。あちこちたらいまわしにされて、10歳ぐらいのとき日本人の養子になった」
「奇遇だな。俺も、親の顔は知らない」
「――もう一度檻に入ってもいいと思うほどの意味だって?」
士郎は無言で微笑を浮かべた。窓ガラスにこちらを向いた鈴木の顔が映り、目と目が合う。
「檻になんか入れさせるものか」
鈴木は怒ったように言うと、前に向き直ってアクセルを踏みこんだ。
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