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Posted by 松浦巽 - 2013.05.20,Mon
短編小説。サスペンス。
※同人誌『支配者の論理』収録作品
pixivに別バージョンのお試し読みあり
元刑事の片倉は、会長命令で社内の機密漏洩問題を調査するうち、エリート青年・野上に目をつける。
野上は別会社の役員と通じていたが、2人の関係はそれだけではなかった。野上の意外な一面を知った片倉は、彼に強く惹きつけられる。そして野上もまた……。
欲望の奥に潜む愛情。男たちのサスペンス&ラブ・アフェア。

▼お試し読み▼


『わが社の情報が漏らされているらしい』
 会長から調査命令を受けたのは、かれこれ半月ほど前だ。極秘で進めていたプロジェクトが立て続けに他社に抜かれ、少なからぬ損害が出たという。スパイを探し出し、漏洩ルートを明らかにすることが、片倉の今回の任務だった。
 この半月というもの、書類という書類をひっくりかえし、噂話に耳を傾け、あちこちの部署に顔を出しと、地道な情報収集にあけくれてきた。その結果浮かび上がったのが、野上という男だ。
 聞くところによれば、野上の引き抜きは、向こうの経営陣も納得ずくの話だったという。退社後も、とくに目をかけてもらっていた役員とつきあいが続き、いっしょに小料理屋ののれんをくぐるところを、つい最近も目撃されている。
 その広告代理店というのが曲者だった。久賀広告という名のその会社は、広告関係から手を広げ、現在では企業相手に、各種企画の立案・運営などの代行請け負いをしている。そういう分野なら、ワタセの情報を十二分に活用し、自社の収益につなげることも不可能ではない。
 さらに、ここ一年の野上には不審な行動が目立った。社外からひんぱんにかかってくる私用の電話。ふいの早退や欠勤の増加。仕事にも身が入らないらしく、最近では進んで企画を提案することもない。
 妙に羽振りがよくなった、と噂する者もいた。一介のサラリーマンには不釣合いな《高級》と名のつくクラブや料亭に、彼がしばしば出入りしているというのだ。
 心証は限りなくクロに近い。
 片倉は、気心の知れた興信所に久賀広告の調査を任せ、自身は野上本人の周辺を探りはじめたのだった。



 駅前に出て大通りを進み、最初の大きな交差点で左に曲がる。やがて右手の脇道に入ると、そこにはしゃれた割烹店が軒を連ねていた。
 野上の後姿は、そのうちの一軒に吸いこまれていった。
 片倉は少し離れた電信柱の陰に立って、野上がふたたび現れるのを待った。
 人通りはあるが、片倉に気をとめる者はだれもいない。問題の店に何人か客が入っていったが、どれが野上と待ち合わせた人物なのかは特定できなかった。
 八時を過ぎ、膝から下がぐっしょり濡れそぼったころになって、ようやく野上が中から出てきた。こんどは二人連れだ。
 連れのほうは堂々とした体格の男で、四十歳を過ぎたか過ぎないか、鬢に白いものが混じっている。仕立てのいいスーツや悠然とした物腰は、高い地位を想像させる。
 片倉は、緊張と興奮で首筋の毛がちりちりするのを感じた。
 獲物を追いつめるときの酔いに似た高揚感。突然時間が二年前に戻ったような錯覚に陥って、だがすぐにそれは苦い喪失感に変わった。
 重苦しい空気を振り払うように首を振り、すでに小道を抜けつつある二人の後に続く。
 だが追跡はそこまでだった。
 大通りに出ると、壮年の男はちょうど通りかかったタクシーをとめ、野上を促すようにしていっしょに乗りこんでしまった。
 片倉は晴れない気分を抱えたまま取り残された。



 エレベーターで上階に移動し、目的の部屋にたどりつくと、ドアの錠をすばやくチェックした。比較的古いタイプのシリンダー錠。これなら自分でも何とかなりそうだ。
 警察にいたころ、空き巣の手口を研究しようと開錠技術を学んだことがあった。世の中、何が役に立つかわからない。苦笑を浮かべ、周囲に人のいないことを確認しながら、ポケットサイズのピックセットを取り出した。
 自分の部屋の鍵を開けているようなふりをしながら、しばらくピッキング作業に集中する。腕の衰えは否めなかったが、どうにか十分後には家宅侵入に成功していた。
 1LDKの室内は、物がないわりにどこか雑然として見えた。下駄箱の上で埃をかぶったままになっている空の花瓶。流し台の足元にはウイスキーか何かの空き壜が五本、無造作に並び、そのうちの一本は横倒しになっている。水切りラックに入っているのはグラスとマグカップだけで、ガスレンジには最近使われた形跡もない。
 寝室兼居間になっている奥の部屋に入ったときには、荒廃した空気とでもいうべきものに圧倒された。
 じっさいに空気が濁っているわけでも、物が取り散らかされているわけでもない。あるのはベッドと本棚とAV機器だけ。ベッドの上のタオルケットは丁寧に畳まれ、本棚の書籍やDVDは几帳面に分類されてさえいる。
 室内を二度ほど見回してみて、ようやく片倉は荒廃感の原因に気づいた。
 サイドテーブルの上に灰皿があり、煙草以外の何かを燃やした灰が山盛りになっていた。
 近づいて目を凝らすと、燃え残った紙片の角がのぞいていた。写真のようだ。注意深くつまみあげ、灰を払って顔の前に掲げる。



「正直に話すというのは、あなたの望む返事を口にするという意味なんですか?」
「話していただけますか?」
 片倉は手を伸ばして野上の肩をつかんだ。すると予想外の力で振り払われ、激しい口調で言葉を叩きつけられた。
「いいかげんにしてくれ! ないことをあるなんて、言えるわけないだろう!」
 牙をむいた獣のような表情が、片倉の胸を貫いた。その瞬間、片倉は何かものすごい顔をしたのにちがいない。野上はさっと顔色を変えると、後ろを向いて脱兎のごとく逃げだした。
 反射的に片倉はその後を追った。体力には自信がある。難なく獲物を追いつめ、いっしょにマンションのエレベーターに乗りこんだ。
 エレベーターが昇る間、野上は無言で片倉を睨みつけていた。その顔には、演技ではないかすかな恐怖が浮かんでいる。
 ドアが開くやいなや、野上は弾かれたように飛び出し、必死の形相で自分の部屋のドアノブに取りついた。片倉はわざと遅れ、錠が開けられると同時に彼を捕まえた。


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