Posted by 松浦巽 - 2013.05.17,Fri
ホラー風短編。歳の差。
※同人誌『食べてしまいたいほど』収録作品
※pixivに別バージョンのお試し読みあり
※同人誌『食べてしまいたいほど』収録作品
※pixivに別バージョンのお試し読みあり
酔いつぶれた工藤が目覚めると、隣には見知らぬ裸の少年が。カオルと名乗ったその少年には、見事な犬歯が生えていて……。
同じころ、市内で連続猟奇殺人事件が発生する。被害者の首すじには、いずれも吸血鬼に噛まれたような傷痕が残されていた。犯人はカオルなのか?
刑事と家出少年をめぐるBLホラー小説。
▼お試し読み▼
工藤は慌てて半身を起こし、少年を避けて体をずらしながら恐る恐るきいた。
「その……おまえさん、だれだ? なんでここにいる?」
「ひどいなァ、おじさんが来いって言ったのに。俺、カオルだよ、ほら、ずっと店でいっしょだった……まさか、全然覚えてないってことないよね?」
そのまさかだ。いっそうひどくなってくる頭痛のせいもあって、工藤の気分は一気に急降下していく。
沈みこむ工藤とは正反対に、カオルと名乗った少年は元気よく跳ね起きると、羞恥のかけらもみせずに全裸のままあぐらをかいた。成熟したばかりの若い体が、工藤の目にしみる。
「ねえ、覚えてなくても、約束は約束だからね!」
「……約束?」
「しばらくここに置いてくれるって約束。俺、家事とかするし、コイビトの代わりにセックスもできるし」
恋人、という一言で、昨日の記憶が堰を切ったように噴き出してきた。そうだった。三年つきあった男から別れ話をきりだされ、行きつけの店でヤケ酒をあおっていたのだ。そのあとのことは覚えていない。いつになく泥酔して、きっとこの少年とは酔いが回ってから出会ったのだろう。
「そんなんじゃなくてさァ、俺、吸血鬼だから」
「はァ?」
「証拠見せたげようか。ほらほら」
あーんと開けた口の中、上の犬歯が、なるほど肉食獣の牙のように長くとがっている。
「まあ、えらく立派な犬歯だが、そりゃ個体差のうちだろ? でなけりゃ突然変異とか」
「血を吸ったことだってあるよ。がぶっと噛んで、ちゅうちゅう……とろけるようにうまいんだ」
言いながら工藤に飛びつき、首すじに歯を立てるまねをしたカオルは、ふいにやる気をなくしたように体を離した。
それきり押し黙ってしまった少年を横目で見ながら、工藤は想像を巡らせた。おそらくその犬歯のせいか、あるいはほかの理由でか、彼は常に周囲から異端視されていたのだろう。両親に疎まれ、ひょっとしたら子供社会でいじめにもあい、そうした外圧から逃れるために家を飛び出したのかもしれない。吸血鬼うんぬんは、自分の存在を正当化するためのささやかな幻想だ。
「今ごろなにをしてる! 危険だから出歩くなと言ったのを忘れたのか!」
カオルが視線をそらしたのが、工藤の怒りに拍車をかけた。
工藤は壊しそうな勢いでドアを開けると、カオルを突き飛ばして中に入れ、振り向いた顔をもう一度殴った。カオルはよろけて尻餅をついた。
「なんのために人が苦労してると思ってる! おまえのような奴ばかりだから、いくら注意しても被害者が減らないんだ! 死にたいか、そんなに死にたいのか!!」
「カオル。おまえ、今日どこかへ出かけていたのか?」
帰宅してから尋ねると、カオルはきょとんとした顔ですぐに否定した。
「ううん、ずっとうちにいたよ」
「二度ほど電話したんだけどな。出なかったから」
「ふうん、気がつかなかった。シャワーでも浴びてるときだったのかな?」
ごくしぜんな口振りには、なにかを隠しているような様子は感じられない。だがカオルは嘘をつくのがうまい。
工藤はカオルの行動に注意しはじめた。すぐに自分の迂闊さを悟った。職務のあいまに立ち寄ってみると、アパートの自分たちの部屋に明かりがついていないことがたびたびあった。あんな痛い目に遭ったのだから、まさかその後も夜間外出をくりかえしているとは思わなかった。なぜ今まで、自分は念を押して確かめるということを考えなかったのか。外からたまに電話をかけるだけで事足りるのに。
工藤は慌てて半身を起こし、少年を避けて体をずらしながら恐る恐るきいた。
「その……おまえさん、だれだ? なんでここにいる?」
「ひどいなァ、おじさんが来いって言ったのに。俺、カオルだよ、ほら、ずっと店でいっしょだった……まさか、全然覚えてないってことないよね?」
そのまさかだ。いっそうひどくなってくる頭痛のせいもあって、工藤の気分は一気に急降下していく。
沈みこむ工藤とは正反対に、カオルと名乗った少年は元気よく跳ね起きると、羞恥のかけらもみせずに全裸のままあぐらをかいた。成熟したばかりの若い体が、工藤の目にしみる。
「ねえ、覚えてなくても、約束は約束だからね!」
「……約束?」
「しばらくここに置いてくれるって約束。俺、家事とかするし、コイビトの代わりにセックスもできるし」
恋人、という一言で、昨日の記憶が堰を切ったように噴き出してきた。そうだった。三年つきあった男から別れ話をきりだされ、行きつけの店でヤケ酒をあおっていたのだ。そのあとのことは覚えていない。いつになく泥酔して、きっとこの少年とは酔いが回ってから出会ったのだろう。
「そんなんじゃなくてさァ、俺、吸血鬼だから」
「はァ?」
「証拠見せたげようか。ほらほら」
あーんと開けた口の中、上の犬歯が、なるほど肉食獣の牙のように長くとがっている。
「まあ、えらく立派な犬歯だが、そりゃ個体差のうちだろ? でなけりゃ突然変異とか」
「血を吸ったことだってあるよ。がぶっと噛んで、ちゅうちゅう……とろけるようにうまいんだ」
言いながら工藤に飛びつき、首すじに歯を立てるまねをしたカオルは、ふいにやる気をなくしたように体を離した。
それきり押し黙ってしまった少年を横目で見ながら、工藤は想像を巡らせた。おそらくその犬歯のせいか、あるいはほかの理由でか、彼は常に周囲から異端視されていたのだろう。両親に疎まれ、ひょっとしたら子供社会でいじめにもあい、そうした外圧から逃れるために家を飛び出したのかもしれない。吸血鬼うんぬんは、自分の存在を正当化するためのささやかな幻想だ。
「今ごろなにをしてる! 危険だから出歩くなと言ったのを忘れたのか!」
カオルが視線をそらしたのが、工藤の怒りに拍車をかけた。
工藤は壊しそうな勢いでドアを開けると、カオルを突き飛ばして中に入れ、振り向いた顔をもう一度殴った。カオルはよろけて尻餅をついた。
「なんのために人が苦労してると思ってる! おまえのような奴ばかりだから、いくら注意しても被害者が減らないんだ! 死にたいか、そんなに死にたいのか!!」
「カオル。おまえ、今日どこかへ出かけていたのか?」
帰宅してから尋ねると、カオルはきょとんとした顔ですぐに否定した。
「ううん、ずっとうちにいたよ」
「二度ほど電話したんだけどな。出なかったから」
「ふうん、気がつかなかった。シャワーでも浴びてるときだったのかな?」
ごくしぜんな口振りには、なにかを隠しているような様子は感じられない。だがカオルは嘘をつくのがうまい。
工藤はカオルの行動に注意しはじめた。すぐに自分の迂闊さを悟った。職務のあいまに立ち寄ってみると、アパートの自分たちの部屋に明かりがついていないことがたびたびあった。あんな痛い目に遭ったのだから、まさかその後も夜間外出をくりかえしているとは思わなかった。なぜ今まで、自分は念を押して確かめるということを考えなかったのか。外からたまに電話をかけるだけで事足りるのに。
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