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松浦 巽◆お試し読み

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食べてしまいたいほど[横江秋月]

オカルト・サスペンス。[横江秋月]名義で一般向けホラーとして発行。
※同人誌『食べてしまいたいほど』の表題作と同じ内容です。
※短編「夜霧は血の匂い」は収録されていないので、ご注意ください。
「食べ物を粗末にしてはなりません」
人間と同じ姿をし、人間を捕食して生きるあやかし、《人喰い》。その1人である薄羽は、なりゆきで拾った人間の子供を柾と名づけ、非常食として育てることに。
18年後、食べごろに成長した柾と薄羽の関係に、変化が生まれる。いっぽう、2人の住む街にも、気付かないうちに異変が……。
異種族間の奇妙な絆をめぐるオカルト・サスペンス。

▼お試し読み▼


「――ごちそうさま」
 箸を置いた柾(まさき)の手元を見て、俺はあからさまに眉をひそめた。
 皿の上の料理が、半分以上残っている。
「どうした。具合でも悪いのか?」
「ごめん。なんだか食欲なくて」
 立ちあがって皿をさげようとする柾を制し、俺は父親らしくいたわりの言葉をかける。
「いっしょに片づけておくからいい。具合が悪いなら、早く寝ろ」
「うん」
 柾はちらりと俺の顔を見ると、すっと目をそらして背を向けた。ダイニングキッチンを出ていってまもなく、部屋のドアを開閉する音が聞こえて、それきり静かになる。
 柾の様子がおかしくなったのは、ここ数日のことだった。
 俺と目を合わそうとしない。かと思えば、憂い顔でじっと俺を見ていたりする。覇気がなく、食欲も落ちているが、大学にはいつもどおり通っているところをみると、体調が悪いわけでもないらしい。
 ――ばれたかな。
 柾の食べ残しを口に運びながら、俺はうっそりと思った。
 崖下で子供を拾ってから十八年。彼をふつうの人間として育てるために、俺は偽の戸籍を手に入れ、家を買って二人暮らしを始めた。



 眠らなくとも死にはしないが、人間のように眠ることもできる。睡眠は、人間たちにとってそうであるように、俺たちにとっても休息やリセットの効果がある。裏稼業のない夜には、俺は惰眠の贅沢を満喫することにしていた。
 だが今夜はどうも寝つけない。
 柾の匂いが、家じゅうに満ちているようだった。いつもよりも濃厚で、息をしているだけでも口の中に唾液がたまってくる。
 ――ああ、うまそうだ。
 柾の肉を噛みちぎったときの芳潤な味わいを想像し、無意識に嚥下する。
 ――もう食べてしまおうか。
 目先の食欲に流されそうになったが、二日前にひと仕事すませたばかりだったことを思いだし、やはり我慢することにした。
 こんなにいい肉は、めったに食べられるものではない。せっかく十八年もかけて育てたのだ。どうせなら、空腹で味覚が研ぎすまされているときに、最高の美食を余すところなく味わいたい。
 無理矢理眠ろうと寝返りを打ったとき、柾の声が聞こえたような気がした。
 幻聴かと思ったが、また聞こえた。
 ――様子を見に行くだけだ。
 俺は自分に言い訳をしながら起きあがり、そっと寝室のドアを開けた。
 狭い廊下に出たとたん、さらに濃密な芳香に全身を包まれた。
 滋味を感じさせる蠱惑的な香りが、まるで霧のような質感をともなって絡みついてくる。



「ふうん。大人になったってわけか」
「僕だって、いつまでも子供じゃないよ」
 少しすねたようなその言い方に、なんだか温かい気持ちになって、俺はついくすりと笑ってしまう。柾は馬鹿にされたのだと思ったらしく、むきになってステーキにナイフを入れる。
「おいしい」
 一口食べると、柾はじつにうまそうに顔をほころばせた。分厚い肉の塊が見るみる柾の口の中に消え、つけあわせの野菜に絡めて、ソースまできれいになくなった。
「大人になった記念に、ワインも飲むか?」
 柾のグラスにも赤ワインを注いでやり、二人で静かに乾杯した。
 グラスを傾けすぎて、柾の口の端からこぼれたワインが、照明の加減で血のように赤く流れる。
「行儀悪いね、僕」
 ナプキンで口元を拭いながら、柾が恥ずかしそうに笑った。
 屈託のない笑顔を見るのは久しぶりだ。
「まだまだ子供だな」
「すぐそんなことを言う」
「いいじゃないか、俺のほうが年上なんだから」
「まあ、そうだけどさ」
 いままでのぎこちなさが嘘のように、柾と俺はしぜんに会話をして食事を楽しんだ。



 知らないうちに、街の様子が一変していた。
 いつも通らない道を少し歩くだけで、あちこちに《人喰い》の気配を感じた。駅前や繁華街では、初めて見る顔の《人喰い》たちが、何人も我が物顔に闊歩していた。
「いったいどうなってるんだ」
 スナック〈鈴虫〉で尋ねてみると、事情通の鈴虫が声を潜めて教えてくれた。
「隣の県に、《あやかし喰い》が現れたんですって」
 その忌まわしい響きに、俺は文字どおり戦慄した。
「だからあっちの《人喰い》たちが、大挙してこっちへ逃げてきてるのよ」
 《あやかし喰い》というのは、俺たち《人喰い》の間で、なかば伝説のように恐れられているあやかしの一種族だった。噂によれば、やつらは匂いまで人間そっくりに擬態しており、油断して近づくあやかしを捕食するのだという。人間を餌とする《人喰い》にとっては、まさしく天敵だ。
 幸いにして俺は遭遇したことがないが、《あやかし喰い》が相手では、俺たちになすすべはない。なにしろ人間と区別がつかないのだ。へたに近づいただけで、こっちが餌になってしまう。確実に身を守る方法は、人間に近づかないことだが、とても現実的とはいえない。俺たちは人間を食べずにはいられないからだ。



 その後も俺は、あちこちで何者かの視線を感じた。
 たいていは人の多い場所で、俺が一人でいるときに気づく。
 見られているのは確実だった。監視か、あるいは観察か。
 経験上、警察や探偵なら、もっと目立つはずだった。いま俺に絡みついてくる視線には、それよりも慎重で狡知にたけたものを感じる。たとえばプロの殺し屋のような、獲物を狙う者の目だ。
 スナック〈鈴虫〉に入ると、店内の空気が異様に張りつめていた。
 数人いる客は、全員《人喰い》だ。カウンターの止まり木に、笹切(ささきり)と呼ばれる男が座っており、ほかの者たちが取りまいている。
「《あやかし喰い》が、この街にも現れたらしいわ」
 俺の顔を見ると、鈴虫が緊張した声で言った。



 ――鈴虫!
 俺ははっと気づいたが、鈴虫なら大丈夫だろうと思いなおした。勝手知ったる自分の巣にいるのだし、あいつがむざむざやられるとは思えない。
 問題は俺のほうだ。
 俺が全速力を出しているのに、《あやかし喰い》たちは余裕たっぷりに見えた。からかうように近づいたり遠ざかったりしながら、俺が方向を変えようとする と、回りこんできて邪魔をする。牧羊犬に追われる羊のように誘導されているのがわかるが、走るのに精いっぱいでどうすることもできない。
 肺が悲鳴を上げ、酸欠の頭がくらくらした。足が重く、だるく、しだいに言うことをきかなくなってくる。



 やはり柾には、すべてを話しておくべきだった。俺に万が一のことがあった場合、どうやって生きのびるか、叩きこんでおくべきだった。せめて鈴虫に、無理を承知で頼んでおけば――。
 ――柾……!!
 俺は心の中で慟哭した。
 ――すまない。俺は結局、おまえを守ってやれなかった……!!
「すぐに殺してしまうのも、もったいないな」
「端から少しずつかじってやるか」
「どこまで死なずにいるか、賭けるか?」
 《あやかし喰い》たちの下卑た根性も、そのぞっとしない提案も、もはや俺にとって何の意味も持たなかった。
 柾をおいて死ぬ。その事実だけが、俺を打ちのめし、自己嫌悪と後悔と、救いようのない絶望となって責めさいなんだ。


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