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松浦 巽◆お試し読み

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仔狼は悪徳弁護士のお気に入り

サスペンス風長編。傍若無人な攻めと反抗的で行動派の受け。歳の差。
pixivに別バージョンのお試し読みあり
幼馴染の尻ぬぐいをするために、やくざ専任弁護士・桐島の事務所でアルバイトをするはめになった大学生・和威。桐島の弱みを握ってさっさと縁を切りたいのだが、学内のドラッグ騒動や、政治家の父親がらみの事件など、つぎつぎトラブルに巻きこまれ――!?

▼お試し読み▼


「それじゃちょっと話をしようか」
 そう言うと痩せた男は、和威の右手をつかんで中指を握りこんだ。
「ブツはどこに隠した?」
 笑顔で訊かれ、そのまま中指を手の甲側へそらすようにされる。
「知らない」
 和威は真っ青になり、自由のきく左手で男の手を離そうとした。だがそれより早く、小太りの男に左手を押さえられてしまう。
「本当に知らないんだ!」
 なんとかして逃れようとしたが、三人がかりの拘束はびくともしない。仮に振りほどいたとしても、彼らの背後にはまだ一人、大男が控えている。突破できる見込みはない。
 じわじわと力を加えられ、中指の骨が悲鳴を上げはじめる。
 折られる!
 絶望で気が遠くなりかけたそのとき、ふいに別の声が響いた。
「おい、何してるんだ?」
 指への圧力がなくなり、ほっとして顔を向けると、にじるような靴音とともにビルの隙間から人影が出てくるのが見えた。
 スーツ姿の長身の男。髪は丁寧に後ろへ撫でつけられ、濃いグレーのダブルスーツはオーダーメイドのように体に合っていて、革靴も黒々と磨き上げられている。歳の頃は三十代後半というところか。日本人離れした彫りの深い顔は彫刻のように整っており、まるで映画のイタリアンマフィアのようだ。マフィアのふてぶてしさと、高潔な凛々しさが併存して、なんとも不思議な魅力をかもしだしている。
「あっ、先生!」
「お疲れさまです!」
 男たちが口々に挨拶を始めたので、助けが現れたと思った和威の期待はすぐにしぼんだ。助けどころか、連中の仲間が増えたらしい。
「――いや、ガキがちょっと商品を横流ししましてね」
「そいつがか?」
「いえ、こいつはそのガキを逃がしたんで」
「ふうん」
 長身の男は、近付いてきて和威の真正面に立った。何もかも看破するような目でまっすぐ見下ろされる。
 和威は魅入られたようにその目を見返した。四人の男よりも、この男一人のほうが恐ろしい。目を離したら、その瞬間に殺されるのではないかと思った。
「尋問なら、もっといい方法があるぞ」
 やがて男は、笑いをにじませた声で言った。



 アルバイトの時間が終わり、出発のために奥で着替えて出てくると、桐島は上から下まで舐めるように眺めてから、満足げにうなずいた。
「よく似合ってる」
 和威は返事の代わりに、黙って桐島の目を一瞥した。
 桐島の車で駅の近くの高級ホテルへ移動し、最上階のフレンチレストランに入った。
 飲み物を尋ねられて、二人とも炭酸水を頼んだ。どちらも相手の注文に意外そうな表情を浮かべ、探るように互いの目を覗きこむ。
 炭酸水で喉を湿らせて料理を待ちながら、和威は桐島に尋ねた。
「お酒は飲まないんですか?」
「判断力が鈍るからな。――そっちは?」
「お酒で失敗したくないから」
 桐島がにやりと笑い、和威もつられて唇の端を上げた。
「初めて笑ったな」
 指摘されて和威は狼狽し、目を伏せた。
「笑っていろよ。警戒しなくていい」
 やさしい声音で言われて困惑した。
 桐島が何を考えているのかわからない。そもそも、脅迫の要求がアルバイトというのも、いったい桐島にどれだけのメリットがあるというのか。今日の食事にしてもそうだ。あるいはまだ何か裏があるのかもしれないが、現時点では謎のままだ。
 桐島の選んだコース料理は美味だった。高級料理をおいしいと思ったのは、じつは初めてだ。これまでこの種の店に来たことといえば、父の供でいやいや同席したときばかりで、いつも食事の味を楽しめるような状況ではなかったからだ。
 もっとも、いまこの席にいるのも、強制されて連れてこられたも同然なのだが。
「つくづく育ちがいいんだな」
 和威の食べる様子をじっと見ていた桐島が、感心したように言った。
「こんな場所でも物怖じしないし、テーブルマナーも完璧だ」
「そういう教育だけはしっかり受けたから」
 和威は皮肉っぽく答えた。
「父親は、おまえも政治家にしようと考えているのか?」
「かもね。――でも、なる気はない」
 ついぞんざいな口調になってしまったが、桐島が見透かしたように言った。
「タメ口でいい。そのほうがおまえらしい」
 和威はまた戸惑った。
 桐島の言葉を聞いていると、まるで口説かれているような気持ちになってくる。しかもそれが決して不快ではないのが、混乱に拍車をかける。



 紙袋を開けて、ハンバーガーと紙ナプキンを取り出す。
「――なあ」
 呼ばれて顔を上げた和威は、倉本が妙な顔をしているのに気付いて彼の手元に視線を向けた。
「これって――何?」
 差し出された紙袋の中に、ハンバーガーの包みとは違うものが見えた。
 ビニールに包まれた白い粉末。
 思わず顔を見合わせた。
「砂糖――じゃないよな?」
「――うん」
 倉本が紙袋に手を入れようとしたので、和威は慌ててとめた。
「待った。触らないほうがいい」
 白い粉といえばヤバいものの代名詞だ。テイクアウトの品としか見えない状態になっていたところからして、どう考えても怪しい。
「そういえば、さっき――」
 倉本のそばでつまずいた男のことを思い出して和威が言うと、倉本は目を輝かせた。
「間違いない、そのときに入れ替わったんだ。そいつの顔は? どんなやつだったか覚えてるか?」
「ごめん。一瞬だったから全然。それよりも、早く警察を呼ぼう」
「警察――」
 倉本は躊躇する素振りをみせた。
「言わないとだめかな?」
「言わないほうがまずいよ」
「俺が疑われたりして」
「説明すればわかってもらえるさ。僕がずっといっしょだったし。通報しないで、あとで見つかるほうがよっぽどまずい」



「先に一つ確認しておきたいんだが。おまえの友人を助けることで、俺にどんな見返りがあるんだ?」
「相談料とか経費とか、正規の料金でちゃんと払うよ」
「それは当然だな。ほかには?」
 和威は探るように桐島の目を見つめた。
 獲物を前にした猛禽のような目。見ているうちに桐島が何を言わせたいのかわかってきて、和威は足元から力が抜けるような気がした。いや、桐島に助けを求めたときから、薄々覚悟はしていたことだ。桐島はボランティアなどしてくれない。
 和威は絞り出すように言った。
「もう、あんたのことは調べないし、あんたから逃げようなんて考えない。――一生あんたのペットでいいよ」
 すると桐島は、椅子の背にもたれてくつくつと笑いはじめた。
「俺のことを調べたり、俺から逃げようなんて考えていたのか。それは知らなかった。だがな、和威。おまえが腹の中で何を考えていようと、表面上はいまの状況と何も変わらないだろう? これが見返りといえるのか?」
 屈辱感で一気に顔が熱くなった。桐島は知っていて嘲弄しているのだ。
「もういい! 自分でなんとかする!」
 和威は思いきり桐島を睨みつけると、捨て台詞を残して背を向けた。
 だが、部屋を出ようとしたところで呼びとめられる。
「まあ待て。そう短気になるな」
 振り返ると、桐島はどこかに電話をかけようとしているところだった。



「――こんな店にも来るんだ」
 和威があたりを見回しながら言うと、桐島は片方の眉を上げて言った。
「ふだんはこんな店ばかりだ」
 店内にいるほかの客といえば、汗のにじんだワイシャツの背中を丸め、疲れた顔を晩酌で赤くしているような中高年の男ばかりで、店の雰囲気にしっくり溶けこんでいる。こんなところに毎日桐島が来ていたら、逆に迷惑ではないだろうか。
「ここでな、四谷の爺さんに初めて会ったんだ」
「四谷さんもこんなところに?」
「あの爺さんは苦労人だ。本当はこういう店のほうが性に合うらしい」
 水はセルフサービスらしく、卓の上に氷水の入ったピッチャーと空のグラスが置かれている。和威が迷っているうちに桐島が手を伸ばし、水を注いだグラスを和威と自分の前に置いた。
「当時俺は、お袋を亡くしたばかりで自暴自棄になっていて、毎晩飲んだくれては終電で帰るような生活を送っていたんだ。ある晩、何がきっかけだったか、ここで客の一人と口論になり、危うく手が出そうになったところを四谷の爺さんにとめられた。――それからだ、あの爺さんとつるむようになったのは」
「説教でもされた?」
「いや、それがとんでもないくそじじいでな。口は悪いわ、我儘だわ、好色だわ、いいかげんだわで――俺はあちこち連れ回されたんだが、あまりの爺さんの放蕩っぷりに毒気を抜かれて、いつのまにかどうでもよくなっていた。しかもそのあとがまたひどい」
 桐島はあたりを憚るようにちらりと視線を走らせ、和威に顔を寄せて小声で言った。
「ある日、まだ肉片の散らばる抗争現場に俺を連れていって、爺さんはこう言った。『どうだ、この後始末をしてみんか?』――結局それが、俺の独立第一号の仕事になったというわけだ。もちろん、掃除じゃなくて弁護のほうだぞ」
 ちょうどそこに突き出しとおしぼりが出され、桐島は話を中断した。
 突き出しはマグロのヅケで、和威は思わず話の中の肉片を連想してしまったが、桐島はためらうことなく口に運んだ。結局は和威も箸をつけ、一口味わってからは気にせず食べ尽くした。
 そのうち注文した料理も運ばれはじめ、二人はしばらく食事に集中した。
 桐島がグルメなのか、味覚が似通っているのか、桐島に連れていかれる店の料理はたいてい和威の口に合う。餌付けされているような気がしないでもないが、食の楽しみをふいにするつもりは毛頭ない。
 それにしても、四谷の前にいるときや、四谷の話をするときの桐島は、よそでは見られないほど生き生きとしている。それがなんとなくおもしろくない。
 四谷に対して自分が嫉妬めいた感情をいだいていることに気付き、和威ははっと我に返った。
 どうかしている。桐島がだれと仲良くしようが、自分とは関係ないではないか。自分は桐島の所有物かもしれないが、桐島はだれのものでもないのだ。それに何より、桐島と四谷はそういう関係ではない。



 桐島は何も言わなかった。
 和威はベッドの上に合鍵とドッグタグを投げつけると、腹の虫がおさまらないまま部屋を出た。
 怒りに任せ、あてもなく車を走らせる。
 これからどうするか、どこへ行くかはまったく考えていなかった。
 好きかもしれないと自覚したところだっただけに、裏切られたショックは大きかった。しかも、裏切られたと思うのはこちらの都合で、向こうには最初から誠意のかけらもなかったわけだ。
 甘い囁きも、やさしいまなざしも、温かい抱擁も――何もかもが幻だった。
 あの夜、プライドも肉体も踏みにじられて、最初はそれこそ桐島を憎んだ。絶対的な支配力の前に、怯え、屈服し、言いなりになることしかできなかった。
 だが、そばで過ごすうちに、しだいに悪い人間だとは思えなくなった。やさしくされて、彼の愛情を確かに感じたと思った。からかいながらもいつも助けてくれるのは、自分に好意をいだいてくれているからだと信じていた。
 それがまさか、すべて偽りの姿だったとは。
 いや、だが――。


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